開港から明治維新まで相次ぎ発生していた攘夷派による横浜での外国人殺傷事件簿 (3/4ページ)
ロシア海兵とオランダ人船長が殺害された現場は現在の横浜市中区本町付近で、当時は多くの様々な店が軒を連ねる大通りであった。
生麦事件
文久2(1862)年9月14日はよく晴れた日だった。生糸商人のウィリアム・マーシャルとハード商会のウッドソープ・クラーク、マーシャルの妻の妹ボラディル夫人、クラークと予てより交流のあったチャールス・リチャードソンの4人は、馬に乗って川崎大師へ向かっていた。
その道中、薩摩藩島津久光の大名行列と遭遇するが、下馬することなくそのまま行列に乗り入れてしまったリチャードソンが斬り付けられ殺害された。幕末史においてあまりにも有名な生麦事件である。
クラークとマーシャルも重傷を負ったが、アメリカ領事館に逃げ込み助かり、ボラディル夫人も馬を走らせ、横浜居留地に逃げ帰ったため無事であった。