開港から明治維新まで相次ぎ発生していた攘夷派による横浜での外国人殺傷事件簿 (4/4ページ)

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『東海道之内 生麦』歌川貞秀(国会図書館デジタルコレクション)

生麦事件は攘夷派による殺傷事件とは異なり、偶発的に起きたことではあるものの、日本に与えた影響は大きく、イギリスは幕府に10万ポンド、薩摩藩に2万5千ポンドの賠償金を請求。薩摩は支払いに応じなかったため、事件の翌年に薩英戦争が起きた。

横浜周辺では開港からわずか2か月後にロシア海兵殺害事件が起こり、その後も相次いで外国人が殺傷される事件が起き、横浜居留地に住まう人々を震え上がらせた。
今回紹介した事件の被害者は全員、横浜外国人墓地で眠っている。

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