煉獄さんが食べてた”牛鍋”も!明治時代に誕生した新しい食文化たち (3/5ページ)

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牛乳

江戸時代以前も、日本国内で牛乳が飲まれることはあったものの、一般的ではありませんでした。

明治4年、天皇陛下が毎日牛乳を飲んでいると新聞で報道され、牛乳を飲む習慣は一般に広まっていきました。

最初は柄杓で秤り売りされていましたが、その後、ブリキ缶容器隣、明治30年代にはガラス瓶で販売されるようになりました。

洋菓子

江戸時代より諸大名の菓子匠を仰せつかってきた凮月堂総本店は、明治時代になると洋菓子の開発を始めます。

明治10年の第1回内国勧業博覧会では、菓子部門において、大住喜右衛門の南伝馬町風月堂の「菓糕」と米津松造の若松町風月堂の「乾蒸餅(ビスケット)」が褒賞を受賞しました。

その後、西洋菓子に力を入れ、1882年(明治15年)ごろには大々的に西洋菓子を売り出し、1886年(明治19年)にはシウアラケレム(シュークリーム)やアイスクリームも製造しました。

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