煉獄さんが食べてた”牛鍋”も!明治時代に誕生した新しい食文化たち (1/5ページ)
文明開化を象徴するものの一つに、西洋から新しく入ってきた食文化がありました。今ではおマジみのものばかりですが、当時は驚くほど新鮮だったに違いありません。
明治に誕生した食文化の一例を見ていきたいと思います。
牛鍋 『安愚楽鍋』より「牛鍋を食う書生」無限列車でも煉獄さんが食べていた牛鍋弁当。
現在のすき焼きに近い食べ物だそうですが、関東では「牛鍋」関西では「すき焼き」と呼んでいたそうです。
牛鍋は食肉文化が一般的になった明治時代に広まり、「文明開化の味」ともてはやされました。
幕末には味噌仕立ての鍋でしたが、明治になってから現在のような醤油味が主流になりました。
明治の初めの牛鍋は牛肉とネギを使った鍋料理全般を指し、味付けや他の具材などはまちまちだったそうです。
明治4年、仮名垣魯文は著書『安愚楽鍋』で「士農工商老若男女賢愚貧福おしなべて、牛鍋食わねば開化不進奴(ひらけぬやつ)」と表現していたくらいなので、面白いですね。