遷都、遷都、引越しばかり…古代日本の「都づくり」がなかなか落ち着かなかった問題 (4/7ページ)
こうして676年に構想されたのが後に「藤原京」として完成した都です。天武天皇はこの都の完成を見ることなく亡くなりましたが、持統天皇の手で690年から建設が進められ、日本で最初の本格的な都城といわれている藤原京が完成したのは4年後のことでした。
ちなみに天武天皇は、藤原京だけではなく複数の都を置くべきだと考えており、孝徳天皇が造った難波宮をそのまま受け継いだ難波京を置いています。
理想の都だった藤原京?しかし長くは続かず…
天武天皇が、永続的な都の必要性を考えたのにはさまざまな理由がありました。
もともと、ヤマト王権がこれほどまでに都を転々と移したのは、政治的な思惑はもちろんですが、天皇が死んだ時のケガレ祓いや、宮殿や貴族の邸宅の耐用年数の短さゆえのことでした。