遷都、遷都、引越しばかり…古代日本の「都づくり」がなかなか落ち着かなかった問題 (6/7ページ)

Japaaan

奈良・平城京の朱雀門

現在、かつての藤原京があった場所はのどかな田園です。

藤原京が姿を消した後には、奈良時代には税として集めた稲を管理する役所が設置されたり、寺が建てられたりしたようです。平安時代になるとそこには荘園が置かれ、水田地帯となったのでした。

古代日本の「都」といえば平城京や平安京が有名です。しかしこうして見ると、実はそれ以前にも、歴代天皇たちによる「都づくり」が手探りで行われていたことが分かります。

もちろん今では、数年ごとに首都を移動させるなんて考えられない話です。見方を変えれば、古代の先人たちの試行錯誤があったからこそ、現在の東京という「都」も、その複雑な政治機構を安定的に維持することができているのでしょう。

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