知ってますか?「糸コンニャク」と「白滝」の違い。その由来と江戸時代に起きたコンニャク革命とは (2/5ページ)
ただ、庶民にも広まったとはいえ、コンニャクはもともとは薬として食べられていたようです。食物繊維を多く含む食べ物なので、整腸剤として用いられたのです。江戸時代には、1712(正徳2)年成立の百科事典『和漢三才図会』でコンニャクの効果が記されています。
薬ということは、普段の生活ではあまり食べないということです。それはなぜかというと、原材料のコンニャク芋の扱いにくさのせいだったと考えられます。コンニャク芋は寒さに弱く、日持ちしません。しかも素手で触れば肌が荒れることもありました。
ところがこの欠点を一挙に解決する方法が見つかり、コンニャクは一躍庶民の食べ物として脚光を浴びるようになります。現在の茨城県常陸大宮市にあたる、常陸久慈郡諸の藤右衛門(とうえもん、1745~1825)という農民が、「コンニャクを砕いて粉にする」というアイデアを思い付いたのです。
彼はこれを、コンニャク芋の切り口が白く乾燥しているのを見て閃いたそうです。そこで、コンニャク芋を輪切りにして乾燥させ、砕いて粉にするというアイデアをさっそく実践したのでした。