複数の学者が天使を哲学的に思考し提唱している「哲学的天使論」とは (3/4ページ)

心に残る家族葬



人間を動物とは違う特別な存在だとする考えを思い上がりというなら、人間の上位存在を想定しないのも思い上がりではないのか。人間は神ではない。神ではないのだから人間が知ることができない世界、存在は無いとは言えない。このように天使について思考することは人間の存在を思考する哲学的な営みとしての意義がある。


■目に見えないものの存在

では実際に天使=身体なき精神なるものは存在するのか。存在するとして我々はどう認識するのか。まず存在イコール可視との常識は一面的であることを認識しておきたい。存在とは目に見えるものだけではない。

プラトン(BC427~347)のイデア論を考えるとわかりやすい。1個のリンゴは目に見えるが「1」そのものを見ることはできない。しかし我々は「1」「2」そのものを知っている。1個のリンゴも1冊の本も同じ「1」であることを知っている。この「数」という観念的な存在はただの妄想でなく、宇宙の仕組みを構成し、数学は宇宙の仕組みを明らかにする。プラトンは目に見えない観念的、本質的な存在をイデアと呼んだ。この論に従えば目に見えるものより、目に見えないものの方が本質的だといえる。天使は人間より神に近い存在なので、より宇宙の本質に近い。天使を観念的存在であると仮定すれば荒唐無稽とはいえなくなるのではないだろうか。目に見えないものの存在が軽んじられている現代において天使論は無駄な学問ではない。

■向かうその先

先程の存在位階論に戻ると、人間は動物から神的存在へ向かう途上の存在である。繰り返すが人間は神ではない以上、人間の知らない領域は否定できない。その探究の案内人として天使の存在が要請される。人間はどこへ行くのか。その先の答えを天使は知っているかもしれない。秋の夜長に天使に思いを馳せてみてはどうだろう。
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