縄文時代はなんと一万年以上もあった!(4)前期・物々交換が始まり集落にはストーンサークル? (2/7ページ)

Japaaan

そして湖や沼が成形され、これをきっかけにさらに採集・漁猟活動がさらに活発化しました。
丸木舟が作られるようになり、海へ進出して石器でオモリをつけた網を使った漁などが行われるようになります。サメやクジラなどを漁獲することもありました。

集団村落間における物々交換が始まる 中期の翡翠(三内丸山遺跡)ウィキペディアより

中期の翡翠(三内丸山遺跡)ウィキペディアより

青森県青森市の「三内丸山遺跡」で、約紀元前3,500年頃の翡翠が発見されていますが、翡翠はミャンマーと新潟県の糸魚川からしか産出されません。

新潟県の糸魚川市には約紀元前3,500年頃から1,000年ほど営まれていた北陸最大級の集落「長者ケ原遺跡」があり、特に石斧と翡翠の玉類の制作と流通の拠点として栄えました。

この事実を照らし合わせると、この時代には地続きもしくは海運によって、翡翠が遠い他の集落へ伝わっていたことを示しています。

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