縄文時代はなんと一万年以上もあった!(4)前期・物々交換が始まり集落にはストーンサークル? (5/7ページ)
食べ物の範囲が広がり、植物を食するのに塩を欲求したなどという説もありますが、これも決め手としては不十分です。
さらに人々の食用を目的としたものではなく、交易のためのものとして作られたのではないかという説もあります。
またこの頃から竪穴式住居が広場を囲んで集落を作るようになり、青森県青森市の「三内丸山遺跡」のような大規模集落も作られるようになります。
三内丸山遺跡には、通常の遺跡でも見られる竪穴住居、高床式倉庫の他に、大型竪穴住居が10棟以上、約780軒にもおよぶ住居跡、さらに祭祀用に使われたと思われる大型の掘立柱建物が存在したと推測されています。
そして集落が大きくなっていくとともに環状集石(ストーンサークル)が作られ始めます。
環状集石(ストーンサークル)日本で一番最古の環状集石は、長野県諏訪郡原村にある縄文時代の「阿久遺跡(あきゅういせき)」に存在します。