吸血鬼伝説が誕生した理由は「病気」と関係している (4/5ページ)
ペラグラも狂犬病も、吸血鬼の歴史の中でカギとなる時期に流行したため、重要であることは確かだ。
1725年から1755年という時期は、いわゆる「吸血鬼の大流行期」にあたり、吸血鬼伝説が大陸を席巻した。
ある病気が東ヨーロッパに広まると、超常現象がその原因とされ、吸血鬼ヒステリーがあちこちで起こった。
大勢の人たちが、吸血鬼は死後もなんらかの形で生き続ける「アンデッド」で、死体を破壊しないと止めることはできないと信じた。
そして、特別な"吸血鬼の埋葬儀式"を行った。それは、遺体に杭を打ち込み、ニンニクで覆うといったことで、その他スラヴ民族の間で長いこと語り継がれてきたさまざまな伝統があった。
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この地でオスマン帝国と戦ったオーストリアとドイツの兵士が、墓を冒涜する行為を数多く目撃して帰国し、西ヨーロッパに吸血鬼の話を伝えた。
だが、そもそもどうして、これほどまでに吸血鬼ヒステリーがわき起こったのだろうか?
病気が諸悪の根源なのはわかるが、当時の東ヨーロッパは、悪いことが重なるある種の"破滅的な事態"に陥っていた。吸血鬼大流行時代は、病気が蔓延しただけでなく、政治的にも宗教的にも激動の時代だったのだ。
18世紀、東ヨーロッパは、内からも外からも圧力を受けていて、地域文化がしいたげられ、抑圧されることが多かった。
例えば、セルビアは中央ヨーロッパのハプスブルグ君主国とオスマントルコの間で苦境にたたされていた。
ポーランドではますます外国勢力が幅をきかせ、ブルガリアはオスマントルコの支配を受けていた。