縄文時代はなんと一万年以上もあった!(最終回)晩期・人々の精神性は高く〜縄文時代の終焉 (6/7ページ)
このような巨木を用いた構造物は巨木文化と呼ばれ、同様の構造物は富山県小矢部市の桜町遺跡など、石川県や富山県を中心に約20遺跡で見つかっています。
これらの地域では土器などの特徴も共通するといわれており、縄文時代晩期の北陸地方に、同じ思想を持った人たちの集団が暮らしていたのではないかと考えられています。
今のところ、柱列の中に炉や墓坑などは確認されておらず、住居や墓ではなかったことはわかっています。屋根や壁などの付属施設のようなものもなく、柱だけが立っていたと考えられています。
縄文時代の土面(土面、貝面)新潟県立歴史博物館の展示_wikiwandより
実は「真脇遺跡」からは“土製仮面”が発掘されています。
人間が仮面を被るということは、その人間以外のものになるということです。
何のために?人間以外の強いものになって何かを祈る、そのような呪術的儀式や祭祀が行われていたということを表しているのではないでしょうか。
縄文時代・晩期の頃、日本の人口は約7万5800人にまで減少したと推定されています。