譲り合いが過ぎる!兄に皇位を譲るため、自殺してしまった皇族・菟道稚郎子のエピソード (3/4ページ)
亡き父帝がしっかりと見込んだそなたこそ、正当な皇位継承者であろう。過剰な気遣いは無用ぞ」
……とまぁそんな具合に譲り合い続けること3年間。どうしても皇位を譲ろうとして聞かない菟道稚郎子は、とうとう自殺してしまったのでした。
そうなってしまうと生き残った大鷦鷯尊が皇位に就かざるを得ず、ここに譲り合い問題は終止符を打ったのです。
(なお、本当に皇位を継承すべきか確認するため、自殺した菟道稚郎子の魂を一度呼び戻し、改めて意思を確認する遺言を聞いたと言います)
これを美談として『日本書紀』は伝えていますが、何もそこまで意固地にならずとも、助け合いながら政治を執ればよかったのでは……と思ってしまうのは、たぶん筆者だけではないでしょう。
そもそも天皇陛下が空位の期間は政治が停滞してしまう訳ですし、国民としてみれば「どっちでもいいから早く就いて下さい」と思っていたかも知れませんね。
終わりにちなみに、このエピソードは『日本書紀』のみで『古事記』では単に夭折(若くして亡くなった)と伝えられています。