譲り合いが過ぎる!兄に皇位を譲るため、自殺してしまった皇族・菟道稚郎子のエピソード (4/4ページ)

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菟道稚郎子尊 宇治墓(画像:Wikipedia)

また『播磨国風土記』には「宇治天皇(うじのすめらみこと)」と表記されるなど、「父帝の崩御後、すぐ即位したけど間もなく亡くなった説」や「その死因は仁徳天皇による謀殺である説」など、史料の解釈を巡って諸説あるようです。

美しい兄弟愛も譲り合いの精神も素敵ですが、何でも匙加減が一番。そんなことを教えてくれるエピソードでした。

※参考文献:

坂本太郎ら監修『日本古代氏族人名辞典』吉川弘文館、2010年11月 『日本歴史地名大系 第26巻 京都府の地名』平凡社、1981年1月

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