まさにリアル戦国無双!朝倉義景に仕えた戦国武将・真柄直隆の豪傑ぶり (2/8ページ)

Japaaan

この太郎太刀は南北朝時代の刀工・千代鶴国安の作で、全長は一丈(約3メートル)、刃渡りだけでも七尺三寸(約2.2メートル)と言われる巨大な代物。

「姉川合戦図屏風」より、大太刀を奮う真柄十郎左衛門

弟の真柄直澄(なおずみ)も全長八尺(約2.4メートル)・刃渡り五尺五寸(約1.6メートル)という次郎太刀(じろうだち。作者は同じか同流派)を振り回す豪傑でした。

ただし直澄はその通称が兄と同じく十郎左衛門であるため、同一人物ではないかとの説も。その場合、次郎太刀は直隆の子・真柄十郎隆基(じゅうろうたかもと)が用いたと言われます。

数々の合戦で武功を立てた直隆ですが、特にその豪傑ぶりを示したのが永禄9年(1566年)9月のこと。

京都で室町将軍・足利義輝(あしかが よしてる)が暗殺され、その弟の足利義昭(よしあき。当時は義秋)が朝倉家へ逃げ込んで来た際、真柄父子は御前で演武を披露しました。

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