福岡市東区にあるニワトリを祀る香椎宮の鶏石神社を調べてみた (1/5ページ)
1月30日からは、古代中国で考案された暦の区分・二十四節気(にじゅうしせっき)を更に細かく区分した七十二候(しちじゅうにこう)で「鶏始乳(にわとりはじめてとやにつく)」になる。それは、ニワトリたちが春の気配を感じ、卵を産み始める時期だとされている。
■渡来時のニワトリは時を告げることを目的に飼育されていた
我々と身近な存在であるニワトリは、キジ目キジ科の家禽で、もともとは東南アジアで野生種のセキショクヤケイが家畜化され、日本には弥生時代後期までに渡来したとされている。しかも当初のニワトリ飼育の目的は、報晨(ほうしん。時を告げること)だったという。ニワトリは明け方に決まって鳴き声を上げるため、丑の刻(午前2時)に鳴くのを一番鶏、寅の刻(午前4時)に鳴くのを二番鶏として、時間を知る目安にされていた。それは『古事記』(712年)の「天岩戸(あまのいわと)」神話において、当時、ニワトリには太陽を呼ぶ力があると信じられていたことから、天岩戸に閉じこもってしまった天照大神(あまてらすおおみかみ)を外に出すために、八百万の神々がニワトリを鳴かせるというエピソードが描かれているが、それは、ニワトリと命の誕生・再生を可能にするという太陽信仰との深い結びつきを示している。
■ニワトリが食用となるまでの経緯
のように、卵や肉などの食用の鳥というより、霊鳥視されていたニワトリには、いろいろな言い伝えがある。例えば、あの特徴的な鳴き声から、鷹など、人間に害をなす可能性のある猛禽類はもちろんのこと、鬼や化物を追い払う。元旦にニワトリの鳴き声を聞いた人は、長寿を保つ、富貴になる。更には、水死者の所在を知らせる能力を有する…などだ。
平安期になると、もともと「年占(としうら)」という神事的な意味合いが込められていた闘鶏が、貴族の間に遊戯として広まっていった。また、江戸期になると、品種改良が進み、鳴き声や容姿を愛でる愛玩のために珍重された。しかし神聖なものと捉えられていたことから、ニワトリの卵や肉の食用が始まったのは、江戸末期以降とされている。