そんな理由で!?平安時代、子供を殺した男に下された処分があんまり過ぎる…… (3/5ページ)
「先の天変地異は貴人の身を慎まぬがゆえにございますれば、ここは一つ、穏便に処されてこそ、天下の秩序も取り戻されましょう」
先の天変地異とは昨年7月に発生した鴨川洪水でしょうか。既に一年以上経っているものの、現代と違って復旧もままならず、いまだ爪痕が残っていたものと考えられます。
当時は災害を「政治や為政者の乱れに対する天の怒り」などと考えていたため、実資も季武を赦すことで天の赦しを得ようと考えたようです。
「慣例では故殺の優免は認められないが、今回は特別に権議(けんぎ。是非を検討)しよう」
結局、実資は検非違使別当の藤原頼宗(ふじわらの よりむね)に季武の優免を申請。その身は解放されたのでした。
「……この御恩、生涯忘れませぬ!」
喜んだ季武は大いに励んで実資の知家事(ちけじ。政所の下家司)に抜擢され、その後も活躍したということです。