源頼朝の先祖と死闘を演じた藤原経清(奥州藤原氏祖)の壮絶な生涯【その2】 (4/7ページ)

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一方、頼義からすると自分の任期中に安倍氏が何も問題を起こさないというのは、鎮守府将軍という立場からしても、朝廷に対して何のアピールができないことになります。

頼義:余が陸奥国に赴いたのは、安倍頼時を討つためではなかったのか。このままおめおめと都には帰れまいぞ。頼時さえ討てば、四位の位階と望むままの国を授かれよう

そもそも、頼義が陸奥守として派遣されたのは安倍頼時と戦うためでした。安倍頼時を討てば、朝廷での位階は上がり、次の任国として豊かな国の受領を命じられていたはずです。

おそらく、頼義は焦っていたのでしょう。このまま都に戻れば、自分の実績に何の箔もつかないことになります。国司としての任期中、平然を装いながら、今か今かと安倍頼時の暴発を待っていたのでしょう。

そんな時に「阿久利川事件」が起きたのです。この機会を頼義が逃すはずがありませんでした。「前九年の役」再燃は、源頼義の私欲が引き起こしたものと考えるのが妥当なのです。

 藤原経清が本拠とした豊田館跡。

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