「鎌倉殿の13人」頼朝にスキャンダル発覚!壮大な夫婦喧嘩の結末は…第12回「亀の前事件」予習 (5/8ページ)
髪を切るのは命を取ること。逆に言えば、命を取らずに髪を切るのは死にもまさる侮辱と言えます。
かわいそうに、宗親は泣きながらどこへともなく逃亡してしまいました。
頼朝「まったく、ふざけた奴だ……さぁお亀。もう怖い事はないからね?今夜は心ゆくまで楽しもうね♪」
亀の前「あぁ、佐殿……」
宗親に手を出して、さすがに政子ひいては北条一族が黙っているとも思えませんが、やっちまったことはしょうがありません。
明日は明日の風が吹くさ……その晩は義久の館で、思う存分楽しんだのでした。
怒った時政、北条一族を連れて伊豆へ帰る壽永元年十一月小十四日辛巳。晩景。武衛令還鎌倉給。而今晩。北條殿俄進發豆州給。是依被欝陶宗親御勘發事也。武衛令聞此事給。太有御氣色。召梶原源太。江間〔義時〕者有隱便存念。父縱插不義之恨。不申身暇雖下國。江間者不相從歟。在鎌倉哉否。慥可相尋之云々。片時之間。景季歸參。申江間不下國之由。仍重遣景季召江間。々々殿參給。以判官代邦通被仰云。宗親依現奇恠。加勘發之處。北條住欝念下國之條。殆所違御本意也。汝察吾命。不相從于彼下向。殊感思食者也。定可爲子孫之護歟。今賞追可被仰者。江間殿不被申是非。啓畏奉之由。退出給云々。
※『吾妻鏡』寿永元年(1182年)11月14日条より
「ただいま~っと。あれ?」
頼朝が御所へ帰って来たのは11月14日の夜。ずいぶんとお楽しみだったようですね。しかし、様子がいつもと違います。