「鎌倉殿の13人」頼朝にスキャンダル発覚!壮大な夫婦喧嘩の結末は…第12回「亀の前事件」予習 (7/8ページ)

Japaaan

(だったら北条に連なる宗親の扱いも相応にしなさいよ、そもそも浮気なんてするんじゃないよ……と思ってしまいますが、それはそれというのが浮気男の言い訳です)

景季「江間殿、おりました!呼びますか?」

あぁよかった……これで鎌倉は大丈夫。安堵の溜息をもらす頼朝は、さっそく義時を呼びました。

頼朝「おぉ小四郎。話は聞いていると思うが、牧三郎が不始末をしでかしたので罰したら、舅殿がヘソを曲げて伊豆に帰ってしまったのだ」

義時「はぁ、そんな事があったんですね(何も聞かされてないんですけど……)」

頼朝「しかしそなたは我が意を察して鎌倉に残ってくれた。そなたは必ずや、我が子孫を守ってくれるだろう。その素晴らしい忠義を褒めて遣わす」

義時「ははぁ、ありがたき仕合せ(まぁ、家で寝てただけなんですけど……)」

頼朝「褒美については追って沙汰する……が、その前に舅殿のなだめてきてくれ」

義時「……はい、何とかします」

なんてやりとりがあったのかどうか、後に時政や政子らも機嫌を直し、鎌倉分裂の危機は避けられたのでした。

エピローグ

亀の前「もうあんな怖い思いをしたくありません。どうか伊豆へ帰らせて下さいまし……」

頼朝「まぁそう言わず。もう大丈夫だから……ねっ、ね?」

12月10日、亀の前は大多和五郎義久の館から、小中太光家の館へ戻されます。政子の嫉妬を恐れて身を引きたいのに、頼朝がどうしても放してくれません。

壽永元年十二月大十日丙午。御寵女〔龜前〕遷住于小中太光家小坪之宅。頻雖被恐申御臺所御氣色。御寵愛追日興盛之間。憖以順仰云々。

※『吾妻鏡』寿永元年(1182年)12月10日条

あれほどの騒動を惹き起こしておきながら、まぁだあの男(頼朝)は懲りないのか……腹の虫が収まらない政子は、八つ当たりとして伏見広綱を流罪にします。

壽永元年十二月大十六日壬子。

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