裏山にキツネ、門前には子供たち…鎌倉幕府の公式記録『吾妻鏡』が伝える鎌倉殿の御所事情 (2/5ページ)
※『吾妻鏡』文治2年(1186年)2月3日条
時は文治2年(1186年)2月3日、御所の北山でキツネが子供を産み、その子ギツネが頼朝の寝所まで入ってくることがありました。
現代人であれば「可愛いな。珍しいから写真に撮ってSNSにアップしよう」などと盛り上がるのでしょうが、当時の人々はこれを怪異として驚きます。
「これは吉兆か凶兆か……すぐに占うのじゃ」
卜筮(ぼくぜい。卜=亀甲や獣骨を焼く占いと、筮=筮竹を使う占い)をもって占わせたところ、結果は「不快(こころよからず。凶)」と出ました。
「やはりな……」
「思い当たる節でも?」
「実は……」
頼朝は昨年からしばしば身の回りにおかしなことが起きていたこと、そして先日は夢枕に一人の僧侶が立ったと言います。
「その者は『法皇猊下(後白河法皇)をもっと尊重しなさい。さもなくば(障りがあろうから)身を慎みなさい』と申したのじゃ」
後白河法皇とはかねて政争を繰り広げ、謀叛を起こした源義経(よしつね)の扱いをめぐって「日本第一の大天狗」と批判した頼朝。内心では「少しやり過ぎたかも知れない」と気にしていたのかも知れません。