この予習は必須!【鎌倉殿の13人】北条泰時の生涯と実績をたどる。御成敗式目だけじゃないぞ:前編 (2/7ページ)

Japaaan

幼いころから主君である源頼朝(演:大泉洋)から寵愛を受けており、10歳の時に非礼をはたらいた御家人をかばったため自分の太刀を授けたとか。

伝頼朝公肖像。この太刀を泰時も佩いた?と想像すると胸が熱い(イメージ)

なお、この太刀は後に後鳥羽上皇(演:尾上松也)との最終決戦「承久の乱(承久3・1221年)」において佩いており、鎌倉を守護する聖剣として威力を発揮するのでした。

建久5年(1194年)2月2日、13歳で元服。頼朝が烏帽子親となって頼の字を拝領、江間太郎頼時(えまの たろうよりとき)と改名します。

この時点で父の義時は嫡男でないため北条の家督を継いでおらず、所領の江間を苗字に名乗っていました。

しかし正治元年(1199年)に頼朝が急死すると泰時と改名(厳密な時期は不明)。また建仁2年(1202年)8月23日に父の盟友である三浦義村(演:山本耕史)の娘を正室に迎えます。

劇中では(はつ)という名前になっていますが実名は不詳。後に出家して矢部禅尼(やべのぜんに)と名乗りました。彼女は文治3年(1187年)生まれなので大河ドラマとは矛盾が生じますが、そこはご都合主義で見逃して下さい。

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