都育ちはダテじゃない!『新古今和歌集』に載った源頼朝の和歌を紹介【鎌倉殿の13人】 (3/5ページ)

Japaaan

慈円。『國文学名家肖像集』より

これは建久元年(1190年)に上洛した際、慈円(じえん。九条兼実の弟)とのやりとりで詠まれたものです。

思ふこと いな陸奥の えぞいはぬ
壺のいしぶみ 書き尽くさねば

※慈円『拾玉集』より

【意訳】思っていることを伝えたいが、壺のいしぶみのように書き尽くすことがどうしても出来ない。

壺の石ぶみ(つぼのいしぶみ)とは、かつて坂上田村麻呂(さかのうえの たむらまろ)が奥州の蝦夷討伐に際して、「日本中央」と刻んだ岩のこと。

「ここが日本の中心だ!」

日本の中心といえば、天皇陛下のおわす都を措いてなかろうに……解釈次第(※)では謀叛の意志ともとられかねない大言壮語。

(※)日本中央の解釈には諸説ありますが、田村麻呂は「国土的にはここが中央なのだから、向こう側も日本=天皇陛下に服すべき土地である」と無邪気に示したかったのではないでしょうか。

さすがにそこまで好き放題は手紙に書けないと言う慈円に対して、頼朝は「どうぞご遠慮なくお書き下さい=腹を割って語り合いましょう」と返しています。

仲良しだった?頼朝と慈円の軽妙なやりとり

こちらは少し掛詞の技巧が多いため、両者の歌のフレーズを少し分解してみましょう。

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