「鎌倉殿の13人」頼家と御家人たちに早くも溝が…第27回放送「鎌倉殿と十三人」振り返り (5/9ページ)
土肥実平。『吾妻鏡』では建久6年(1195年)にその妻が「後家尼」とされていることから、既に亡くなっているものと思われる。菊池容斎筆
また、誰からも声をかけてもらえなかった土肥実平(演:阿南健治)。「死ぬ前にもう一度だけでも鎌倉殿のお役に立ちたい」と義時にすがったものの、軽くあしらわれてしまう姿は、何とも悲しいものでした。
暗に「もうお前らの時代は終わりだ」と引導を渡されたような思いがします。が、選ばれたメンバーだって結構な御高齢。まだ30代の義時が例外中の例外で、後はほとんど老人会の様相を呈しています。
一方、そんな宿老たちに対して頼家が結成した若武者たちがこちら。
小笠原弥太郎長経(演:西村成忠) 比企三郎宗朝(演:Kaito) 比企弥四郎時員(演:成田瑛基) 中野五郎能成(演:歩夢) 北条五郎時連(演:瀬戸康史) 江間太郎頼時(演:坂口健太郎)「信じられるのは、こやつらだけ」そう言い放つ頼家。しかし6名中2名は比企派、もう2名は北条派の息がかかっており、詰めの甘さを否めません。
※ただし『吾妻鏡』では時連・頼時の代わりに和田朝盛(わだ とももり。義盛の孫)と細野四郎(ほその しろう)が入っており、頼家が北条よりも比企の影響をより強く受けていたことが判ります。