なぜ、熊野詣(熊野御幸)に後白河法皇・後鳥羽上皇ら時の権力者たちは夢中になったのか?その核心に迫る【その3】 (2/7ページ)
熊野御幸を行った上皇たち
世の中が動乱期に入り、不安が広がると熊野詣が盛んになります。しかし、熊野詣を有名なものにしたのが、平安時代の最高権力者である上皇による参詣「熊野御幸」でした。
「御幸」とは、上皇・法皇・女院の外出を指し、天皇の外出は「行幸」といいます。
熊野御幸を行った上皇とその回数は以下のようになります。
●宇多法皇…1回
●花山法皇…1回
●白河上皇…9回
●鳥羽上皇…21回
●崇徳上皇…1回
●後白河法皇…34回
●後鳥羽上皇…28回
●後嵯峨上皇…2回
●亀山上皇…1回
初めて熊野御幸を行ったのは、宇多法皇で907(延喜7)年のことでした。それから約100年後の1090(寛治4)年に白河上皇が熊野御幸を行い、以降9回にわたり熊野に詣でます。