黒死病の起源はどこか?700年前の謎を古代DNAで解き明かす (2/6ページ)
過去のある時点で、たったひとつのペスト菌が4つの異なる菌株に分かれた。そのうちのひとつで、黒死病の原因となった株が進化した。だが、いつ、どこでこれが起こったかのかは、これまで謎だった。
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1346年から1353年にかけてヨーロッパで発生した黒死病の蔓延を示す地図。 / image credit:WIKI commons・ヨーロッパで流行する前にキルギスで異様な数の墓地を発見
世界中の研究者たちは、ペスト菌の分裂は、現代のキルギス北部国境にあるチュイ渓谷近くの天山山脈が起源ではないかと、長い間考えていた。
その根拠は、ヨーロッパで黒死病が大流行し始めるおよそ8年前の1338年から1339年の日付が刻まれた墓石が、このエリアの2ヶ所の墓地で異様に多いことが1885年にわかり、これが手がかりになったからだ。
これらの墓石には、シリア語で「疫病」を意味する「mawtānā」という文字が死因として刻まれていた。
これはおそらく、この地域で疫病が蔓延していたことを示している証拠ではないかと考え、スラヴィンらがさらに詳しく調査を進める動機となった。
墓石の印字は、大きな手掛かりになったが、これだけでは、本当にここの人々が黒死病で死んだのかどうかを証明するには不十分だった。
そこで、遺伝子的な証拠を見つける必要が出てきた。