「鎌倉殿の13人」やってくれましたね、最後の最期で…第30回放送「全成の確率」振り返り (3/12ページ)
厳しい修行を重ねること20年、治承4年(1180年)に異母兄の源頼朝(演:大泉洋)が配流先の伊豆国で平家討伐の兵を挙げるとこれに呼応。寺から脱走して一路東国へと向かいます。
しかし頼朝は石橋山の合戦で敗れ、頼朝とはぐれていた佐々木定綱(演:木全隆浩)らと合流してしばし相模国高座郡渋谷荘(現:神奈川県大和市)に潜伏。10月1日になって頼朝と対面を果たしたのでした。
大河ドラマでは義経が一番に駆けつけたことになっていますが(第9回放送「決戦前夜」より)、『吾妻鏡』では全成こそが一番乗りを果たしています。
その後、頼朝の側近として信頼を得た全成は武蔵国長尾寺(現:神奈川県川崎市。妙楽寺)を与えられて阿波局(実衣)と結婚。建久3年(1192年)に千幡(演:嶺岸煌桜。源実朝)の乳父となるなど、重要な役割を担っていたものの、『吾妻鏡』にはほとんど登場しません。
劇中で和田義盛(演:横田栄司)が「全成殿のことは、ぼんやりとしか知らねぇ」と言っていましたが、その存在感はいまいちだったようです。
やがて建久10年(1199年)に頼朝が亡くなって源頼家(演:金子大地)が鎌倉殿の地位を継ぐと、全成は舅の北条時政(演:坂東彌十郎)と共に千幡を擁立する姿勢を見せたため、頼家とその後ろ盾である比企能員と対立。