「鎌倉殿の13人」やってくれましたね、最後の最期で…第30回放送「全成の確率」振り返り (4/12ページ)
阿野全成。悪禅師らしい豪傑ぶりもちょっと見てみたかったかも。歌川国貞ら『義烈百人一首』より
建仁3年(1203年)5月19日に謀叛の容疑で逮捕されて5月25日に常陸国(現:茨城県)へ配流。翌6月23日、下野国(現:栃木県)で斬られたのでした。享年51歳。
なお、前回ちょっとだけ言及のあった阿野頼全(演:小林櫂人)は、実は二人の子供ではなく庶子(側室の子)。二人の間に生まれた嫡男は阿野時元(ときもと)のみですが、頼全は全成が処刑された翌7月に京都で暗殺されるため、ドラマの演出的に設定を変えたのでしょう。
実は頼全だけじゃない・全成の息子たちここで頼全の名前が出たことですし、せっかくなので全成の息子たちを一挙に紹介します。
長男・阿野頼保(らいほう/よりやす)
『吾妻鏡』には登場せず、『尊卑分脈』に名前があるのみ。詳細不明。
次男・阿野頼高(らいこう/よりたか)
『吾妻鏡』では死後の言及のみ。『清和源氏系図』での別名は阿野隆光(りゅうこう/たかみつ)。