「鎌倉殿の13人」やってくれましたね、最後の最期で…第30回放送「全成の確率」振り返り (10/12ページ)

Japaaan

だってかつて頼朝に命を預けて戦い、少なからぬ犠牲の代償として得た所領を召し上げるなんて、そんなことをしたら二度と誰も従ってくれなくなってしまいます。
善信入道(三善康信。演:小林隆)らが必死になって諫めたので、頼家も仕方なく一度は取り下げてくれました。が「来春には決定するからな!」と言い放ったそうな。

大河ドラマの第30回放送は(全成が逮捕され、殺される直前と考えて)建仁3年(1203年)。少し時間が前後しているのか、あるいは正治2年(1200年)から言っていたことを、ここに来て実行しようとしたのかも知れません。

結局この件はうやむやになっているものの、頼家としてはパワーバランスの調整によって政権基盤の安定化を図ろうとしており、かなり乱暴とは言え着想自体は悪くないのではないでしょうか。

もう少し文官や宿老たちと話し合い、より摩擦の少ないうまいやり方があったとは思いますが……まぁ、そんな配慮があるなら、あんな最期は迎えなかったでしょうけど。

義時「立派なご最期でした」実衣「詳しく聞かせて」

さて、いよいよ全成が斬られんとするまさにその時。

のうまくさーまんだーばーさらだんせんだん
まーかろしゃーなーそわたやうんたらたかんまん……

呪文を唱え続けていると空がにわかにかき曇り、打ちつけるような雨が降りしきります。

おんあふるあふるさらさらそわか
おんあふるあふるさらさらそわか……

その霊力に恐れをなす武士たち、日ごろ神仏の祟りなど畏れない八田知家も、わずかに怯みを見せました。

首を落とそうと太刀が振り下ろされた瞬間、近くの樹木に雷が落ちて逸れた太刀筋。縄の切れた全成は、血の赤さに実衣を思って九字を切ります。

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