絵師でありながら、槍をふるって斎藤利三の遺骸を奪還した海北友松(かいほうゆうしょう)とは【その2】 (3/4ページ)
足利将軍家の家臣として、また織田家配下の大名として活躍した細川幽斎。(写真:Wikipedia)
幽斎は、室町幕府第15代将軍足利義昭に仕えながら、織田信長に従い、明智光秀の与力として活躍していた。
また、禅僧として修業をしていた東福寺には、同じ武家出身の安国寺恵瓊(あんこくじえけい)がいた。友松が後に天下人豊臣秀吉と面会を果たすのは、秀吉から信任が厚かった恵瓊を通じてのことと思われる。
そして、斎藤内蔵助利三。利三は室町幕府奉公衆の出身で、美濃国主の斎藤義龍に仕えた。斎藤家中では、その重臣・稲葉一鉄の与力になるが、義龍の子竜興の時、当家を去り、明智光秀に仕えその筆頭家老となった人物だ。
文武両道に優れた武将であった斎藤利三。(写真:Wikipedia)
利三は、武将としても文化人としても一流といわれ、特に茶の湯に通じていたとされる。友松と利三の出会いは想像するしかない。