近代看護の母・ナイチンゲールのキリスト教への深い信仰心と神秘体験 (2/4ページ)

心に残る家族葬

患者の包帯は色が変わるまで放置され、排泄物もそのままの状態だった。先に述べた貧困地域に限ったことではなく、そもそも公衆衛生観念自体が薄かった時代である。ナイチンゲールは野戦病院の衛生環境の改善に乗り出す。煮沸、消毒、清潔な水と食べ物、病床の設置…ナイチンゲール自身も夜通し患者に包帯を巻き続け、ランプの灯を手に夜中の病院を巡回した。病床の夜は寂しく辛い。ランプの灯りは患者にどれほどの安らぎを与えたかしれない。そして死者の数は激減した。

「クリミアの天使」ナイチンゲールの名声は広く知られるようになる。彼女自身はそのように英雄視されるのを好むはずもなかったが、看護の地位を高めるため、あえて広告塔になることを厭わなかった。さらにナイチンゲールはこの時の体験を基に「看護覚書」を出版(1860年)。その反響は大きく看護の重要性は世に浸透し、世界初の看護学校がロンドンに創設されるに至った。その内容は後に日本の看護教育へも多大な影響を与えることになる。

ナイチンゲールはさらに負傷兵の精神的なケアにも力を注いだ。看護は医療行為に留まるものではない。ナイチンゲールの看護学は身体への衛生という科学的アプローチと、精神に対するケアの両面からなる。その精神的なケアの下地となるのがキリスト教に基づく宗教思想であった。

■宗教者ナイチンゲール

ナイチンゲールは代々ユニテリアンの家系に育った。ユニテリアンはプロテスタントの一派だが、キリスト教の公式な教義とされる三位一体説を否定している。神は唯一絶対的な存在であるからキリストの神性を認めず、キリストは神ではなく最もすぐれた「人間」であるとしている。人間の理性や良心を重視するユニテリアンは、教会の代わりに聖書のみに依る集会を開いたり、刑務所改革や女性の権利などの社会運動を積極的に行った。ナイチンゲール自身は三位一体説を支持しており、カトリックに改宗しようとまでしたというが、その社会活動の背景にはユニテリアンの思想があったことは間違いない。 一方で、カトリックへの改宗を考えながらも、人間を罪人とする教えは受け入れられなかった。ナイチンゲールにとって人間の過ちは「罪」ではなく経験であった。彼女は様々な罪を犯してもそれらを乗り越え成長していくことに人間の尊厳を見たのである。

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