近代看護の母・ナイチンゲールのキリスト教への深い信仰心と神秘体験 (3/4ページ)

心に残る家族葬



ユニテリアンにもカトリックにも完全には傾倒できないナイチンゲールの信仰は、従来のキリスト教の枠を超え、キリスト教神秘主義の流れに向いていく。神秘主義の要諦は「神との神秘的合一」である。正統派、特に西欧キリスト教において神と被造物である人間の間には深い溝があり、人間が神に近づくことはできないとされ、神秘主義者の多くは異端とされた。しかしナイチンゲールにとって神秘主義は正統派よりも親しいものだった。何故なら、ナイチンゲールが看護の道を志した最初のきっかけは元々は「神の声」によるものだったからだ。1837年2月7日、17歳の彼女は「我に仕えよ!(To My Service)」という神の啓示を受けたという。その後3度に渡って神の声を聴いたとされる。ナイチンゲールは病人や貧しい人たちの惨状を知るに従い、この「仕えよ」を世の中に奉仕すること、つまり看護師になることと解した。

ナイチンゲールはキリスト教系神秘思想家・スウェーデンボルグ(1688 〜1772)の神秘思想に共感していく。彼は生きながらにして霊界を探究し、天国や地獄を観たという幻視者として知られている。また科学者としても著名で多くの実績を残している。統計学者としても名を残す程の知性を備えた「幻聴者」ナイチンゲールは、スウェーデンボルグの科学と宗教の両立という側面に惹かれたのかもしれない。科学的な合理性だけでは看護としては不十分であり、患者の心に寄り添うことが重要である。そのためには深い信仰による謙虚さが要請される。スウェーデンボルグがそうであったように、ナイチンゲールもまた肉体というリアルに対しては科学的に、精神というもうひとつのリアルに対しては信仰という内なる霊的な探究が必要だと考えていた。なお、「奇跡の人」ヘレン・ケラー(1880〜1968)もスウェーデンボルグに強い影響を受けている。

■信仰の力とは

裕福な家に育ちながら下層民へのまなざしを持ち自ら飛び込んでいったと聞くと「蟻の町のマリア」北原怜子(1929〜58)がよく似ている。北原はナイチンゲールのような神秘体験こそ無いが、自らの慢心を突きつけられる出来事を神からの叱咤と捉え「回心」した。ナイチンゲールも知性・合理性だけでは看護学は大成できなかった。
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