埼玉県熊谷市の宮塚古墳は国内でも非常に珍しい上円下方墳 (2/5ページ)

心に残る家族葬

今現在、発掘調査そのものがなされていないため、この古墳の正確なところはわからないが、古墳時代の終末期、7世紀末頃の築造だと考えられている。

■上円下方墳とは

「上円下方墳」とは、699(文武天皇3)年に造営が始まったと考えられる、京都市山科区にある「天智天皇陵」が有名だが、その源流は奈良県高市郡明日香村の、墳丘の盛土が失われ、巨大な横穴式の石室が露出した状態の「石舞台(いしぶたい)古墳」が源流であるという説もある。いずれにせよ、極めて珍しい形状だ。

■国内最大の上円下方墳は東京都府中市にある武蔵府中熊野神社古墳


明確に上円下方墳だと確認されているもののうちの1基で、国内最大とされるものが、東京都府中市西府町(にしふちょう)に所在する、「武蔵府中熊野神社古墳」がある。7世紀中期以降に造られたと考えられているが、2008(平成20)年7月〜2009(平成21)年3月、建設会社の鴻池組(こうのいけぐみ)によって、復元工事が行われた。美しい河原石(かわらいし、玉石(たまいし)とも言う)で全体を覆われ、1段目が約32mの方形、2段目が約24mの方形、3段目が直径約16mの円形という、3段構造になっている。

また副葬品として、長さ4.1cm、幅3.6cmの、鉄地に銀で、陰陽五行(おんようごぎょう)思想の木・火・土・金・水、そして日(陽)と月(陰)の七曜(しちよう、7つの星のこと)を表す七曜文(もん)の象嵌(ぞうがん)が7ヶ所施された鞘尻金具(さやじりかなぐ)や鉛ガラス製の小さな玉、鉄の刀子(とうす、今日で言う小刀(こがたな)のこと)が出土している。特に鞘尻金具の「七曜文」は、683(天武天皇12)年に鋳造されたという富本銭(ふほんせん)に用いられていたモチーフでもあることから、歴史学・考古学的にとても貴重なものである。

「埼玉県熊谷市の宮塚古墳は国内でも非常に珍しい上円下方墳」のページです。デイリーニュースオンラインは、社会などの最新ニュースを毎日配信しています。
ページの先頭へ戻る