二人は親子?それとも…源頼朝に仕えた雑色の鶴太郎・鶴次郎を紹介【鎌倉殿の13人】 (2/7ページ)

Japaaan

しかしまぁ「そうだったのかも知れないな(そうだったら面白いな)」というところに留めておいて、さっそく二人の記録を辿っていきましょう。

ちなみに、父が鶴太郎で子が鶴次郎なら、孫は鶴三郎……かと思いきや、残念ながら『吾妻鏡』に登場していないため、三代目は襲名されなかったようです(できれば鶴十郎とか鶴十一郎とか見たかったです)。

鶴太郎、走る!

……又今日令進發駿河國給。平氏大將軍小松少將惟盛朝臣率數万騎。去十三日到着于駿河國手越驛之由。依有其告也。今夜。到于相摸國府六所宮給。於此處。被奉寄當國早河庄於箱根權現。其御下文。相副御自筆御消息。差雜色鶴太郎。被遣別當行實之許。御書之趣。存忠節之由。前々知食之間。敢無疎簡之儀。殊以可凝丹祈之由也。御下文云。

奉寄 筥根權現御神領事
相摸國早河本庄
爲筥根別當沙汰。早可被知行也
右。件於御庄者。爲前兵衛佐源頼ー沙汰。所寄進也。全以不可有其妨。仍爲後日沙汰。注文書。以申。
治承四年十月十六日

※『吾妻鏡』治承4年(1180年)10月16日条

時は治承4年(1180年)10月16日、京都から源氏討伐に攻めて来た平維盛(たいらの これもり)を迎え撃つべく、頼朝は鎌倉から出陣しました。

「……これを箱根の別当殿へ」

「へぇ」

書状を渡された鶴太郎は、さっそく箱根権現(現:箱根神社)で別当を務めている行実(ぎょうじつ)に届けます。

その内容は「早川の荘園(現:神奈川県小田原市)を寄進します。なので平家の大軍に勝利できるよう、いつもより熱心に祈祷して下さい」といったものでした。

「二人は親子?それとも…源頼朝に仕えた雑色の鶴太郎・鶴次郎を紹介【鎌倉殿の13人】」のページです。デイリーニュースオンラインは、鶴次郎鶴太郎雑色吾妻鏡源頼朝カルチャーなどの最新ニュースを毎日配信しています。
ページの先頭へ戻る