「鎌倉殿の13人」畠山重忠・重保父子に迫る最期の刻。第35回放送「苦い盃」予習【前編】 (4/5ページ)
參御方抽其忠。是併重御父子礼之故也。〔重忠者遠州聟也〕而今以何憤可企叛逆哉。若被弃度々勳功。被加楚忽誅戮者。定可及後悔。糺犯否之眞僞之後。有其沙汰。不可停滯歟云々。遠州重不出詞兮。被起座。相州又退出給。備前守時親爲牧御方之使。追參相州御亭。申云。重忠謀叛事已發覺。仍爲君爲世。漏申事由於遠州之處。今貴殿被申之趣。偏相代重忠。欲被宥彼奸曲。是存繼母阿黨。爲被處吾於讒者歟云々。相州。此上者可在賢慮之由。被申之云々。
※『吾妻鏡』元久2年(1205年)6月21日条
……が。父の暴挙に対して義時と北条時房(演:瀬戸康史)は猛反対します。
「莫迦なことはおやめ下され!」時政の説得に駆けつける時房(イメージ)
「父上は何を仰せか。次郎(重忠)は治承4年(1180年)の挙兵以来、ひたすら忠義を尽くして参りました。亡き源頼朝(演:大泉洋)公も『必ずや子孫を守ってくれるだろう』と厚く信頼を寄せておいでだったではありませんか。先に比企能員(演:佐藤二朗)を討った時だって、源頼家(演:金子大地)様に遠慮して討伐にためらったのに『すべては鎌倉のため』と我らに味方してくれたのは、舅である父上との絆を重んじてのこと。