新興宗教と無差別殺人に共通する孤独と形骸化している伝統宗教 (2/3ページ)
(1)NHK NEWS WEB 21年11月1日配信
「京王線 逮捕された24歳容疑者『人を殺し死刑になりたかった』」
(2)NHK NEWS WEB 22年8月21日配信
「渋谷 母子刺傷事件 逮捕の中3少女『死刑になりたかった』」
(3)文春オンライン 22年1月22日配信
「『死ぬときくらい注目されたい』…“大阪放火殺人犯”がスマホに残していた緻密すぎる計画」
■個人主義と「コミュ力」の格差
孤立状態になる背後には個人主義による社会変化がある。個の自由を重んじ、独自のネットワークで人間関係を確立すると、地域コミュニティのつながりを疎ましく思うようになる。隣近所の住人の顔すら知らないのは当たり前の時代になった。婚姻率、出生率の低下の原因は多様であり単純には言えないが束縛を嫌い、自由を求める人たちの増加も要因のひとつと思われる。
このような社会では個人のコミュニケーション力の優劣が格差を生むことになる。地域コミュニティにも参加できず、独自の人間関係を構築することもできない人は孤立状態に陥る。いわゆる「コミュ障」「陰キャ」などという言葉が一般化しているが、自虐ネタとして使うならともかく、リアルにそうした状態になった場合は深刻である。
サルトルは「人間は自由の刑に処せられている」と言ったが、社会に放り出されても何もできない人は内へ内へと追い込まれてしまう。それでも地域コミュニティが機能していた時代は周囲が声をかけてくれたが、現代ではそれも少なくなり、物理的にコミュニティから阻害され、自宅での孤独死という結末が待っている。
調査では無差別殺傷事件の要因のひとつとして社会的孤立を挙げ、孤立を防ぐことは事件を防ぐ重要な意味を持つとしている。