新興宗教と無差別殺人に共通する孤独と形骸化している伝統宗教 (3/3ページ)

心に残る家族葬

そのために機能を発揮する、ひとつのシステムとして宗教がある。しかしそのシステムの衰えと弊害も目立っている。

■形骸化する伝統宗教、新興宗教とカルト

孤独な状態から宗教に救いを求める人がいる。宗教は終末期の患者など、社会とのつながりが絶たれた人に強力な機能を発揮する。宗教には神仏という絶対的存在がいるからだ。それは自分を包み込み、安心させてくれる存在である。末期ガンなどによる終末期患者にとって、信仰は死後の自分を包んでくれる安心を与えてくれる。同様に孤独という魂の末期患者といえる人たちにも信仰は最後の支えになる。

しかし、伝統的な宗教、仏教やキリスト教は求心力を失いつつあるのが現状だ。かつて地域のコミュニティの中心にあったのは冠婚葬祭を司る寺と神社であった。しかし形式、儀礼を嫌う個人化の波に飲まれ、影響力は低下した。最近では除夜の鐘の音を嫌う近隣住民からクレームが寄せられる有様となっている。

一方、いわゆる新興宗教は伝統宗教と比べ、カルト的な教団が多い危険がある。カルトは孤独者を家族友人らから切り離し、さらに社会から孤絶させて洗脳する。良心的な新興宗教もあるが伝統宗教に比べリスクが大きい。安倍元首相殺害犯人の母親は億単位の布施を教団につぎこんだという。その結果、経済的に破綻し家庭は崩壊。犯人の怒りの矛先は教団と関係があったとされる元首相に向いた。母親の教団への依存の理由は、夫や長男の自殺などにより孤独に陥ったことにあるようだ(4)。

(4)Business Journal 22年7月25日配信
『統一教会に申し訳ない」山上容疑者の母親、教会が疑似家族化・理想化の可能性

■伝統宗教に出番はあるのか

釈迦がある村で托鉢をしている時、食物を配っていたバラモンから「あなたも田畑を耕しなさい」と言われた。釈迦は「私は心の田を耕す者です」と答えたという。かつて僧侶や宮司は地域コミュニティの中心で、悩みや苦しみの相談にも乗るカウンセラーでもあった。本来の宗教は「魂」の医学である。

「新興宗教」と「無差別殺人」は「孤独」という病理を浮き彫りにしている。彼らを「魂の孤独死」「魂の末期患者」と考えるなら、彼らこそ救われるべき存在であり、本来、伝統宗教が看過してはいけない問題である。しかしこれらの問題について、伝統宗教に期待する声などほとんどない。心ある宗教者に奮起を促したい。

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