和田義盛が源実朝におねだりしたものとは?『吾妻鏡』を読んでみると…【鎌倉殿の13人】 (2/5ページ)
「和田殿のワガママを認めてはなりませんよ」実朝を戒める政子。菊池容斎筆
「侍(御家人)を受領(ずりょう。国司)に推挙することは、頼朝様の時代に禁止されています。それでも改めて法律を変えられるというなら、おなごの私がとやかく言うことではありません」
義盛一人のために特例を認めてしまうのはもちろん、都合よく法律を変えたら、後に弊害が出てくるかも知れません。実朝は考え込んで何も言えなくなってしまうのでした。
左衛門尉義盛上総國司所望事。以前者内々望也。今日已付款状於大官令。始載治承以後度々勳功事。後述懷所詮一生餘執只爲此一事之由云々。
※『吾妻鏡』承元3年(1209年)5月23日条
お上品な鎌倉殿は、きっと(政子や義時たちに強く言えず)悩んでいるのだろうな……話がなかなか通らないので、義盛は大江広元(演:栗原英雄。大官令)に嘆願書を提出しました。
「お前も知っているだろ?俺ァ挙兵以来、ずっと戦って来たんだよ。あの時もこの時も……上総国司くらい、推挙してくれたっていいじゃないか。なぁ?」
ズラズラと書き連ねられた手柄の数々。そして書状の最後に「これが一生最後のお願いだ。老い先短くなって、子孫に何か遺してやりたいんだよ、なぁ?」と書かれています。
(……やれやれ)
取り次いだ広元の苦い顔が目に浮かぶようですね。
和田左衛門尉義盛上総國司所望事。