いつ誰が考えた?小野小町はいかにして「世界三大美人」の一人となったか。その経緯を追う【後編】 (4/5ページ)
著名な言論人だった黒岩涙香も、雑誌に寄せた小野小町論の中で、理想の女性であるとして賞賛しました。
ちなみにクレオパトラが三大美人に入れられた理由は、大正3年に「アントニーとクレオパトラ」という映画が上映されたり、女優の松井須磨子が帝国劇場でクレオパトラを演じたりしたことで名前が知られるようになったからです。
つまりクレオパトラは、当時のエンタテインメントで界隈でちょっと流行っていたキャラクターだったのです。
日本文化のシンボルさてでは、なぜこの頃に小野小町が理想の女性として持て囃されたかというと、おそらく和歌の名手だったからです。彼女は、日本文化を体現するシンボルとして賞賛されたのでした。
その頃、日本は西洋化を目指していたものの、国内ではその反動として、日本文化や日本的な伝統に立ち返ろうという動きも生じていました。それは近代のナショナリズムやアジア主義にもつながっていきます。
こうした風潮の中で、小野小町は日本文化を体現する素晴らしい存在だとされたのです。こうしたナショナリズムを背景に考えると、「世界三大美人」にヨーロッパの女性がいないのも頷けますね。
実際、彼女の歌風はとても華やかでした。『古今和歌集』の序文でも、その素晴らしさはピックアップされています。