「鎌倉殿の13人」実朝が死に、義時がついに頼朝を超える?第45回放送「八幡宮の石段」振り返り (5/6ページ)

Japaaan

義時「鎌倉殿の仇を、三浦平六左衛門尉がとってくれたぞ!」

広元「さすがは頼朝様挙兵以来の忠臣」

義村「この三浦、今後も身命を賭して忠義を尽くします」

三者三様、わざとらしいお芝居を演じて一件落着。みんな内心では「嘘つけ」「三浦のどこが忠臣か」など思っていても、あえて言わないのが政治のお約束というもの。

「これからも北条と三浦が手を取り合ってこその鎌倉」

義時の言葉に平伏しながら、義村の苦い表情が今後の一波乱を思わせます。これ以降『吾妻鏡』では義村が何かした様子はないものの、脚本ではどう描かれるのでしょうか。

義時と運慶

「天下の運慶(演:相島一之)に神仏と一体になった自分の像を造らせ、頼朝様のなしえなかったことをしたい」

すべての政敵が一層され、鎌倉殿さえいなくなった鎌倉に君臨する義時。その野望の集大成は自らの神格化でした。

義村は「頼朝気取りか」なんて言っていましたが、義時はそれを超えようと躍起になっていたようです。今まで「鎌倉のため」と連呼しながら、いざ自分が頂点に立てば本性をむき出しにします。

そんな俗物だからこそ、欲得で仏像を量産する運慶の俗物ぶりを見抜き、人の心を打つ野望の権化を造るよう命じたのでしょう。

俗物だからこそ、仏を求める(イメージ)運慶「円成寺大日如来像」

ちなみに、義時が自分に似せた仏像を造らせたとか、運慶がカネ儲けのために弟子たちを使って仏像を彫らせたというのは大河ドラマの創作です(念のため)。

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