「どうする家康」えぇ!?まさかのいきなり桶狭間!第1回放送「どうする桶狭間」振り返り (2/8ページ)
まぁ、これは好み(個人的にはシックな重厚感を重視)もありますし、じき慣れることでしょう。
徳川家康と言えば、何を措いても頑固で偏屈だけど情に熱い三河武士団との絆が魅力。人質時代をはじめ、数々の苦難を共に乗り越えていく姿を、とても楽しみにしています。
第1回放送は「どうする桶狭間」、物語は一気に桶狭間まで飛ぶのでした。えぇ……?
【予備知識】まずは元康の誕生から桶狭間までまずは予備知識として、今回放送した以前の出来事を略年表にまとめましょう。
巧みな采配で任務を成功させる元康(中央騎馬武者)。金陀美具足は身につけていない模様。月岡芳年「尾州大高兵糧入図」
天文11年(1543年)誕生、幼名は竹千代。1歳
天文13年(1545年)政治的理由で両親が離婚、母・於大の方と生き別れに。3歳
天文16年(1548年)竹千代、今川義元の人質に出されるも織田信秀に奪われる。6歳
天文18年(1550年)父・松平広忠が病死。竹千代は今川義元の元へ。8歳
弘治2年(1556年)竹千代が元服し、義元から一字もらって次郎三郎元信と改名。烏帽子親は関口親永(氏純)、その夜に親永の娘(瀬名)を正室に迎える。15歳
弘治3年(1557年)亡き祖父・松平清康から一字もらって松平蔵人元康と改名。