「どうする家康」弱き主君は害悪、滅ぶが民のため。武田に従う?第16回放送「信玄を怒らせるな」振り返り (7/8ページ)
今川を何とか海のある駿河国を手に入れ、ようやく港を通じて交易しようと意気込んだ信玄。しかし西国と交易をするにはどうしても織田の領海を通らねばならず、手詰まり感は払拭できません。
そして勝頼の代になると、いよいよ国内経済が破綻。天正10年(1582年)に織田軍が攻め込んだ折など、領民たちはこぞって歓迎したと言います。
貧しさから戦争を繰り返し、勝っている内は辛うじて保てていた勢力が、ひとたび劣勢になれば崩壊しかねない危うさが常につきまとった武田家。
逆に言えば、信玄は「そんな中でもよく領国を治め、最強軍団を率いていた」という評価もできるでしょう。
次週・第17回放送「三方ヶ原合戦」
「時は今……(中略)……敵は、織田信長!」
あぁ、その名文句を今言っちゃいます?明智光秀(演:酒向芳)が本能寺の変(天正10・1582年6月2日、信長暗殺事件)を起こす際の決めゼリフを。
時ハ今天下(あめがした)シル五月哉(さつきかな)
※「天正十年愛宕百韻」明智光秀の発句
【意訳】今が絶好のタイミング。この五月に天下を治める(しる)≒信長を倒すのだ!
そして「敵は本能寺にあり!」のオマージュ。次週の三方ヶ原合戦に力を入れているのは分かりますが、それは本能寺の変までとっておいて欲しかったですね。