織田勢から見た三方ヶ原合戦。運命の12月22日を『信長公記』はどう伝えたか【どうする家康】 (1/4ページ)
時は元亀3年(1572年)12月22日。武田信玄(演:阿部寛)率いる精兵およそ三万を、わずか八千で迎え撃った徳川家康(演:松本潤)。
後世にいう三方ヶ原の合戦は武田の圧勝。家康は命からがら戦場から逃げ出し、恐怖のあまり馬上で失禁してしまったという俗説があります。
さて、そんな徳川存亡の窮地とも言える状況下で、盟友の織田信長(演:岡田准一)は援軍を出してくれました。
その数はおよそ三千。いささか少なくも感じますが、徳川と合わせて一万余騎が浜松城へ立て籠もれば、武田の進撃を食い止めるには十分でしょう。
(ただし家康は血気に逸って出撃し、三倍以上の武田軍に惨敗してしまいますが)
果たして織田勢から見た三方ヶ原の合戦は、どのようなものだったのか、今回は『信長公記』を読んでみたいと思います。