「どうする家康」殿は、きっと大丈夫。信玄は既に……?第18回放送「真・三方ヶ原合戦」振り返り (4/10ページ)
後の阿部伊代守正勝)
※『東照宮御実紀(徳川実紀)』巻一 天文十六年「戸田康光奪竹千代送于尾張」より
など28名+雑兵50名。彼らは竹千代と共に織田信秀(演:藤岡弘、)の元へ送られ、松平広忠(演:飯田基祐)の元へは戻っていません。どこへ送られようと、竹千代を守ることこそ第一の使命だからです。
「すいません、奪われちゃいました」では、それこそ「腹を召して(※召して、は尊敬語なので自分が切る時に言うのは不適切)」も償えません。
また、竹千代を奪われたことを悔やんでいるなら、どうして三河一向一揆で裏切ってしまったのでしょうか(こちらは『徳川実紀』にも記述があります)。その辺りも矛盾が感じられてしまいます。
そもそもの話をすれば、当時の人々は諱(いみな。忌み名、実名)ではなく通称で呼び合うのが普通でした(例えば酒井忠次なら、たとえ目上の者でも忠次ではなく左衛門尉と呼ぶのが礼儀)。
なので夏目「吉信」だろうが「広次」だろうが、呼ぶ時は通称の次郎左衛門(じろうざゑもん)なので、間違えようがありません(この辺りをもうちょっと詰めて欲しかったですね)。