「どうする家康」殿は、きっと大丈夫。信玄は既に……?第18回放送「真・三方ヶ原合戦」振り返り (5/10ページ)

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「殿は、きっと大丈夫」夏目吉信の最期

家康を逃がし、武田軍を食い止める夏目広次(イメージ)

……浜松御留守に置らし夏目次郎左衛門吉国与力廿四五騎引連れ馳来りて某御名を名乗り御命にかハり申べし皆々早く御供して御帰城有べしと申神君何ぞ汝一人を捨て殺すべき我も一所に討死すべきぞと仰らるゝ夏目大の眼をいからし言甲斐なき御心哉大将たらん人ハ後度の功を心掛給ふ古そ簡要なれ葉武者の働きし給ひて何の益かあらんと怒れる眼に涙をうかめ御馬の轡を取て浜松の方へ引廻し於側に付居たる畔柳助九郎武重に早く御供申せと云ながら持たる鎗の柄を以て御馬の尻を叩けバ御馬ハ流石に逸物なり飛が如くに馳り行其跡にて夏目ハ十文字鎗を振ひ追来る敵二騎突落し其外を追拂ひ猶も進んで敵中に入て与力士廿五騎と共に一人も残らず討死す……

※『改正三河後風土記』「三方原大戦の事」

さて、家康から金陀美具足をはぎとり、影武者として壮絶な最期を遂げた夏目吉信。伝記に残るその最期を、こちらに紹介します。

浜松城で留守をあずかっていた夏目吉国(よしくに。吉信)は、窮地に陥っている家康を救出すべく手勢24~25騎を率いて駆けつけました。

「それがしが殿のお名前を名乗って身代わりとなります!皆々様は殿をお守りして、早く城へお戻りくだされ!」

しかし家康は聞き入れません。

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