「どうする家康」殿は、きっと大丈夫。信玄は既に……?第18回放送「真・三方ヶ原合戦」振り返り (9/10ページ)
ちなみに、水野信元の遺領は佐久間信盛が賜りましたが、その信盛もやがて信長によって追放されてしまいました。所領は信元の遺児に返還されるのですが、それはまた別の話し。
「堂々とせえ」信玄の影武者は誰?信玄の死を隠すため、急遽立てられた影武者。しかしその視線は何となくキョロキョロと定まらず、山県昌景に「堂々とせえ」と叱咤されていました。
家康の命を守るため、堂々と「我こそは徳川三河守家康」と名乗っていた夏目吉信とは対照的な演出でしたね。
信玄と瓜二つだったと言われる武田逍遥軒(信廉)。歌川貞秀「武田勇士揃」
ちなみに、通説ではこの影武者は信玄の弟である武田信廉(たけだ のぶかど。逍遥軒)。顔かたちが信玄そっくりだったそうです。
しかし信玄の弟君に対して、いくら宿老とは言え一部将にすぎない山県がそんなクチを利くとは考えられません。せいぜい「もそっと堂々となされませ」程度でしょう。
となると、この影武者は誰なのでしょうか。恐らく深いことは考えず、ただ「信玄が死んで、似ていようがいまいが影武者を立てた」ということなのだと思います。