「どうする家康」♪走れ、走れ、強右衛門~♪第21回放送「長篠を救え!」振り返り (5/9ページ)
奥平信昌と前妻「於ふう」のこと
武田の包囲網をかいくぐり、ひた進む強右衛門。これのどこが「ろくでなし」であろうか。落合芳幾「太平記拾遺 鳥居強右衛門勝高」
亀姫との婚約が取り決められていた奥平信昌。劇中では言及がなかったものの、実は彼には前妻がいました。
その名を「於ふう(おふう)」と言い、同族である奥平貞友(さだとも)の娘です。
武田の元へ人質にとられていたのですが、奥平信昌と父・奥平貞能(さだよし)が徳川へ寝返ると、勝頼は見せしめに彼女を処刑します。
信昌はまだ16歳であった於ふうを離縁し、連帯責任が及ばぬように取り計らいましたが、勝頼は許しません。山県昌景(演:橋本さとし)に命じて殺させたのでした。
時に天正元年(1573年)9月21日。この時、信昌の弟である奥平仙千代(せんちよ。13歳)も一緒に処刑されています。
……という経緯があることを、信昌に言わせて欲しかったですね。
「妻を奪われ、弟を殺された!絶対に武田を許さない!」くらいの熱量があれば、徹底抗戦の動機もより納得がいきます。
しかし、それを明かしてしまうと「徳川のお姫様が嫁いでくるぞ!わーい」と素直に喜びにくくなってしまうでしょう。