「幻の190メートル弾」中西太氏追悼!プロ野球No.1飛ばし屋は誰だ?大谷翔平、村上宗隆、王貞治…!! (3/6ページ)
この一発で「一本足か、二本足に戻すか」の迷いを吹っ切った王は、5月3日、阪神戦での4打席連続弾をはじめ、シーズンを通して打ちに打ちまくった。
「それまで“一本足”転向後の王さんをカモにしていた金田さんも、絶対の自信を持つ内角高めの直球を完璧に捉えられ、“あれで王を研究するようになった”と語っていた。王さんにとって、覚醒の一発だったのかもしれません」(前同)
■パ・リーグで暴れた外国人選手
そんな“世界の王”は例外として、昭和・平成の球界で“飛ばし屋”の名をほしいままにしたのは、“実力のパ”に在籍した屈強な助っ人外国人勢だ。
「とりわけ印象深いのは、84年に外国人初の三冠王にも輝いた阪急のブーマーでしょう。88年7月13日の西宮球場、両軍合わせて10本のホームランが出た西武戦で、渡辺久信から放った162メートルの場外弾は当時の新記録。落下地点が確認されているものでは現在も最長となる歴史的な一発でした」(同)
のちにブーマーの背番号「44」を受け継いだ前出の高橋氏も「モノが違った」として、こう語る。
「彼には右にも左にも打ち分ける技術があったし、スイング音からしてもう別格。まだブレーブスだったオリックス初年度の試合前練習なんて、大トリでそのブーマーと門田(博光)さんがそろってゲージに入って、全部ホームランにする。とんでもないですよ。次元が違いすぎて、僕の師匠の水谷実雄コーチからは“やつのマネをしようとはするな”と最初にクギを刺されていたしね(笑)」
その後、89年には、中日でくすぶっていたブライアントが近鉄でブレイク。
90年6月6日の日本ハム戦では、角盈男からセンター直上の天井にあるメインスピーカーを直撃する、推定飛距離160メートルの認定ホームランを放ち、周囲の度肝を抜いた。
「東京ドームの天井高61.69メートルは、実は64年の開幕戦で王さんが金田さんから放った場外弾(前出)の推定飛距離をもとに算出されている。当該のスピーカーは、それを踏まえ、計算上は絶対に当たらない位置に設置されていたものでした。なお、この特別規約で“認定ホームラン”になったのは過去3例だけ。