「幻の190メートル弾」中西太氏追悼!プロ野球No.1飛ばし屋は誰だ?大谷翔平、村上宗隆、王貞治…!! (4/6ページ)
他に08年のズレータ(ロッテ)と、14年の村田修一(巨人)が記録しています」(元スポーツ紙デスク)
ところで、ブライアントも、高橋氏と同じく“中西チルドレン”の一人だ。
当時はまだ中西氏との面識がなかった高橋氏も、ブレイク前の彼に対する“熱血指導”を、目の当たりにしていたという。
「俺がまだ1軍と2軍を行ったり来たりしていた頃。藤井寺で“親子ゲーム”があったりすると、2軍の試合後に、頭にタオル巻いた中西さんとブライアントが早出してきて、特打ちをやっててさ。大爆発したのは、それからすぐ。彼が大成できたのは中西さんのおかげ。あんなにアホみたいに振り回すやつ、並のコーチなら絶対直したくなる(笑)」
■セ・リーグでは強竜軍団が
他方、同じ頃の90年代、セ・リーグはどうか。巨人へと去った落合博満に代わり、苦労人・山崎武司が覚醒。大豊泰昭、ゴメス、パウエルらが居並ぶ“強竜打線”の面々が活躍していた。
当の山崎氏は当時を振り返って、こう語る。
「やっぱりホームランは自分の武器。同じチーム内でも、あの3人には、本数でも飛距離でも負けたくないって気持ちは当然あったよ。ダイヤモンドを回る間の得も言われぬ優越感は、やっぱりクセになるからね」
その山崎氏の特大弾と言えば、史上3人目の両リーグ本塁打王に輝いた楽天時代の07年5月27日、横浜スタジアムでの一撃が有名。
球場を飛び越えた場外弾は、横浜公園内の屋台で売られていた『プリキュア』のお面を直撃したのだ。
「そんなこともあったね。