大谷翔平VS伝説の大打者5人「どっちがすごい?」夢の6番勝負 (3/6ページ)
●ボールを飛ばす技術
「ボールを遠くへ飛ばす技術ってことだけで言えば、大谷は王さん、オチさんには及ばない。でも、彼には、それらを陵駕するパワーとスピードがある。俺自身の感覚で言えば、パワーとスピードの前ではどんな技術もかなわない。だから、同じ条件での勝負なら、勝つのは大谷にはなるだろうね」
とはいえ、令和の時代、トレーニング技術やスポーツ医学の進歩は、昭和とは比べものにならない。
「王さんは家や荒川コーチの自宅で素振りするときは、パンツ一丁で大鏡の前に立ち、筋肉の動き一つ一つをチェックしていました。落合さんはキャンプ中に星野、長嶋両監督にも見せない秘密特訓をしていました」(前出のジャーナリスト)
■落合博満“昭和の驚愕特訓”
落合の特訓は今も昔も考えられないものだったとか。
「ホームベースの後ろにピッチングマシンと正対して立ち、飛び出して来る球をバットで左右に弾くというもの。巨人時代、解説者の関根潤三氏が一度だけ見学を許されたことがあったんですが、感想を求めても、ただただ首を振るばかり。感心よりも衝撃を覚えた様子でした」(前同)
もしONや落合が、大谷と同条件で体を鍛えつつ、独自の特訓をできていたら……と夢想してしまうが、愛甲氏は、至近距離で見たそのすごみをこう語る。
「オチさんにとって重要なのは“いかにムダなく最大の結果を出すか”。仮に今のノウハウが当時あっても、その点は変えなかった気がするね。そして、一貫して“野球に必要な力は、野球でつける”という考え方を持っていた。キャンプでは、とにかくノックで下半身を鍛えて、シーズン中はバットより重たいものは一切、持とうとしなかったし……」
■巨人の4番を受け継いだ松井秀喜
その落合から“巨人の4番”を受け継いだのが、平成を代表する大打者、ゴジラこと松井秀喜だ。
ヤンキース時代の09年に、日本人初のワールドシリーズMVPを獲得。